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日曜日, 23 3月 2014
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日曜日, 08 9月 2013

 保健指導セミナー  14日間×6時間  18万円 
   自己決定を援助する健康面談
   コミュニュケーションスキル

 産業保健についての基礎知識(法令) 2日×6時間  5万 定員30名
    2014年1月、2月に実施予定
   リスクマネージメント(安全衛生)
   職場診断(保健統計の見方)
   メンタルヘルス対策
   過重労働
   生活習慣病対策
   職業病
   産業保健チーム(メンバーと役割)
   健康教育(労働衛生教育)

   保健事業計画立案の実習(未定) 1日×6時間 5万  定員6名

 OJT 現場 (提供者と同行者、協会)  10万  1回2〜3名
   安全衛生委員会 
   職場巡視
   保健指導現場
   健康教育現場
   健康診断結果等の保管、管理

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水曜日, 31 7月 2013

icon_wellsportstep176

開業保健師協会の会員は、パナソニック社の提供する特定保健指導支援システム「WellsPortStep」を無料で使用出来るようになりました。指導者側の保健師は無料になり、指導先は有料になります。これまで「WellsPortStep」は個人の保健師には提供をしておりませんでした。日本開業保健師協会は、開業する保健師を応援するために、パナソニックと提携し、この仕組みを実現しました。

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日曜日, 21 7月 2013

osiguri-san

滋賀県に住む保健師、押栗泰代(おしぐり・やすよ)さんの趣味は、ドライブなどに便利な休憩所「道の駅」巡り。併設された直売所で、スーパーなどではあまり出回らない旬の味覚の食材を見かけると、どうしたらおいしく料理できるかついつい想像してしまうと話す。現在、「ナーシングクリエイト」と特定非営利活動法人(NPO)「マイママ・セラピー」を運営している。

戦地で働く看護師に憧れて
祖母から戦争の話をよく聞かされたという押栗さんは、生死の境目で活躍する看護師に自分の姿を重ね、県内の看護師専門学校へと進んだ。その後大津市民病院に勤めたものの、看護経験のある保健師を求めていた大津市の希望もあり、大津市役所へ異動となった。
そこでは、全国でも先駆けとなる「子育て支援」のチーム作りや担当者の教育など、主にまとめ役としての業務を任されていた。時にはほかの地域の担当者が相談に来ることも多かったという押栗さんだが、いざ出産を経験してみると、必要としている育児支援がどこにもないことに改めて気付かされた。
「自分が手がけてきた行政のサービスは、必ずしも現場のニーズを反映していなかった。それならば、本当に必要とされる支援体制を、自分で創ってみよう」。
支援のカギが、出産期の女性が抱える「不安」にあるのではないかと考えた押栗さんは、その解決方法を見いだすべく、滋賀医科大学の大学院へ復学した。

女性の人生をトータルで支える
大学院での研究を通じて得たことは、価値観の押しつけは、決して不安の解消にはつながらないということだ。「根拠のない『大丈夫』は使わない」「言葉をかけるより、そばに寄り添うことの方が大切」など、具体的な行動指針も見えだしてきた。
そこで押栗さんは2000(平成12)年に独立の決意を固め、2011(平成23)年にはナーシングクリエイト株式会社を設立した。人体の基礎を理解している「看護師」、女性をメンタルで支える「保健師」、この両面を兼ね備えたプロ集団の創出という意味が、社名には込められている。
今後の夢は、気軽に何でも相談できる「街の保健室」を、全国に1000か所設けること。また、出産にかかわらず、女性の人生に起こるさまざまな転機をチャンスとして生かせるような取り組みも、手がけていきたいそうだ。

ボランティアで独立の可能性を探る
独立当初は、依頼を言い値で引き受けていたこともあり、収益化に苦労したと話す押栗さん。そうした体験から、自分の目指すサービスが事業として成り立つか、同種のボランティアなどに参加しつつテストマーケティングしてみるのも、1つの方法だという。
女性の資質を正しく見いだし、その人生を価値あるものとして捉え直す手法は、形の異なる地場野菜の真価を知る、押栗さんならではの視点が生かされているのだろう。「道の駅」の並びに「街の保健室」が建つ日も、そんなに遠いことではないかもしれない。

得意分野

産後の女性支援

相談費用

60分6000円

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日曜日, 21 7月 2013

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2000メートル級の山に登る一方で街のグルメに舌鼓を打ち、家に戻ると茶道を楽しむという齋藤明子(さいとう・あきこ)さんは、その経歴においても多彩な経験を持つ保健師だ。自衛官や官公庁、さらには大手企業を経て、現在ヘルス&ライフサポート TAKを個人で経営している。

国、官、民でのさまざまな体験
「女性として自立するために、手に職を付けたかった」という齋藤さんは、自衛隊中央病院高等看護学院を卒業すると、看護師として同病院の混合家族病棟に勤務することになった。「生と死」に接しながら関心を持ったのは、治療を終えた家族らが、果たして退院後も健康に留意してくれるだろうかということ。
齋藤さんは、「病院の中ではなく、生活の中にこそ健康維持のカギがある」と考え、改めて保健師を目指して進学し、世田谷区にある砧保健所に勤めることになった。地域活動に携わってみると、病気が原因となって生活困難に陥っている家庭がある一方で、経済的な余裕のある家庭ほど予防医療への取り組みに積極的であることが分かった。
健康の問題を解く糸口のようなものを感じた齋藤さんだったが、その後先輩の誘いもあり、今度は大手民間企業へ転職した。福利厚生が手厚い環境では、目に見える良い提案を行えば、役所と違ってすぐに予算が付いた。また、保健師を育てる仕組みへの理解もあり、経営資源を「人」に求める姿勢に、大手企業ならではの懐の深さを感じた。

健康相談の機会すらない中小企業の現状
大手企業の環境整備に一区切りが付くと、自分の生活にもゆとりを持たせようと、齋藤さんは再び退職を決意した。非常勤というスタイルで、主に中小企業の健康教育を受託していると、現場では信じられないことが起こっていた。健康診断を受けたままの状態で放置し、その日になってはじめて「こんなに悪かったの?」と気付く社員が、決して少なくなかったのである。
砧保健所時代に感じた問題意識が、ここで具体的な形を取り始めてきた。「健康格差は個人によるものではなく、経済格差に基づく社会現象なのではないか」。
そこで、今までの経験を生かそうと齋藤さんは1999(平成11)年、「ヘルス&ライフサポート TAK」を設立した。その事業内容は、主に中小企業へ向けた健康施策と、予算に応じたメニュー提案など。
さらに、社労士や税理士などとチームを組むことにより、経営者支援という視野に立ったビジネスも検討しているとのこと。

走りながら自分を育てる
「日々の積み重ねが自分の強みを築き、その先に独立が見えてくる」と齋藤さんは話す。また、ビジネスである以上、相手の財布のひもを緩められる具体的なメリット出しが欠かせないそうだ。
官民を広く渡り歩いた齋藤さんが最後にたどり着いたのは、今そこにある中小企業の現実だった。それはあたかも、制覇だけを目的とした登山家には気付くことのできない路傍の花の、ありのままの姿だったに違いない。

相談の得意分野

産業保健の健康相談と健康づくり、メンタルヘルス

相談費用

30分4500円
10分追加ごとに1000円

現在、満員御礼中

公式サイト:齋藤明子さんが経営する株式会社ヘルスライフ&サポート

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日曜日, 21 7月 2013

tokunaga-san「踊る保健師」の異名を持つ徳永京子(とくなが・きょうこ)さんは、その名が示すように、創作ダンスが趣味だという。聴覚に障害を持った人に音楽の魅力が伝わればと、手話を交えたオリジナルな踊りや、1人芝居などにも挑戦。現在は、大阪府で個人事業主として、「会社の保健室」を運営している。

事件は現場で起きている!?
もともと医者になりたかったという徳永さんは高校生のとき、入院中にテキパキと働く看護師の姿に感銘を受け、大阪府立大学看護学部へ進学した。そこで初めて保健師という職業があることを知り、「人の生き方に密着したケア」を目指そうと、保健師への道を歩むことにした。
卒業後、大阪府内の保健所で24年間現場に携わっていると、地域の人との間に「家族のような連帯感」が生まれ、一緒に成長し続けてきた実感を得たという。ところが後年、大阪府の方針により、それまで地域分担制だった制度が業務分担制へと変わってしまう。1つの家族に対して、症例ごとに、異なる保健師が対応するようになったのである。
会議などで意見集約をしてみても、個別の報告からは地域の全体像が見いだせず、時には各担当間で話が理解し合えないことすらあった。

帰ってきた「踊る保健師」
「同じ保健師でありながら、お互いの仕事が見えない。このような環境で、果たして地域に必要なサービスが提供できるのだろうか」。
そんな仕事に疑問を感じ出していた徳永さんはストレスからメンタル不調になったという。そして、退官を決意し、派遣社員や非常勤講師をしながら休養期間を取ることにした。そんな中、講師としての技術を確立しようと参加した「セミナー講師デビュープロジェクト」で、「自分の肩書を作る」という課題が与えられた。
そのとき、ダンスが得意だった徳永さんの頭に浮かんだのは、「踊る保健師」の5文字だった。「心の病などで自分の可能性を見失っている人を支えたい。ワクワク感で元気を取り戻したい」。それは、徳永さんにとっても、忘れかけていた本当の自分を再発見した瞬間だった。
3年間という充電期間の後に設立した「会社の保健室」の主な業務内容は、企業の健康管理業務の受託、メンタル不調者へのカウンセリング、そしてセラピストや講師の育成など。自身の体験から、「一休みしたら次に進める場所」という意味が、その社名に込められている。

幽霊の、正体見たり、枯れ尾花
「自分の「弱さ」に直面すると、冷静になれ、対処法もわかってくる。弱い自分を認めた時に、独立することへの可能性が見えた」と話す徳永さん。見えていないものに対しては「未知の恐怖」を感じるが、不安材料が明らかになってしまえば、後はリカバリーをするのみという訳だ。
昨今、SNSなど相手の顔が見えづらいつながりが増え、そのこと自体がコミュニケーションを不安定なものにしているように感じる。ダンスや舞台などを通じて、目に見えるメッセージを届ける「踊る保健師」。その活動は、バーチャルな世の中にリアルな「絆」を紡ぎ出すように、不透明な人生に対しても、夢や希望を見いださせることだろう。

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日曜日, 21 7月 2013

watanabe
都内で、社会教育団体「あかくら(赤ちゃんとの暮らし研究会)」を運営する保健師、渡邉玲子さんは、北欧のスウェーデンで子育てを経験したという、ユニークな経歴の持ち主だ。こどもを抱えたり背負ったりするためのグッズ、「抱っこひも」の研究家でもあるそうで、商品開発や販売なども手がけている。
社会全体でこどもの育ちを支える北欧の文化
学生時代に友人から、親の病気により進学をあきらめる事を告げられた渡邉さんは、家庭や環境が、個人の将来を左右する事がある」と痛感し、保健師の道を歩もうと決意した。
聖路加看護大学を卒業後、聖路加国際病院の公衆衛生看護部(現在は外来部門に吸収)で訪問介護や育児指導などに携わりながら、自らも結婚と出産を経験した。ところが、当時は育児休暇などの仕組みがなかったため、退職せざるを得なくなった。また、専門家と自負していた自分自身が子育ての孤立感と不安にさいなまれた。「いったい、なぜ?」漠然とした疑問を感じたまま渡邉さんは、ご主人の仕事の都合で福祉国家として名高いスウェーデンで子育てする事になった。
年間を通して日照時間が少なく、冬は気温がマイナスの日が続く同国では、くる病や精神疾患を予防するために、親子とも四季問わず外で過ごす事を良しとし、その環境も整備されていた。また、急な病気にも対応できる家庭内看護力と充実した救急体制には目を見張った。 地域の赤ちゃんから障害児までの誰もが信頼している地域ナースの存在や、その質の保障をしている全国規模で毎年開催される研修システムにも驚いた。男女ともに取得するのが当然の産後休暇、移民問題を抱える中での充実した産後家庭訪問や両親教育等は、文化も人種も言葉も違う夫婦が「親になる」のを支える社会システムがあった。更に、高福祉高負担の同国では、働ける人は働く、つまり、育児休暇明けは復職する事や保育園に入る事も当たり前という子育て。時間給労働が通常で、労働時間は午後4時まで、こどもの病気による遅刻早退欠勤は親として当然という労働環境も、こどもと親が共に過ごす時間を保障していた。更に、地域では子連れ不可の店やコンサートホールも多く、夫婦がベビーシッターを利用して出かけるのが中流階級家庭では普通で、大人が親としての適応するのを支える環境が整備されていた。「ベビーファースト」と言われている同国での子育て経験は、保健師として、また3児の母として日本の子育てを客観的に見るきっかけとなった。

出来て当たり前の日本の子育て
帰国後、個人事業主として都内三区の新生児産婦訪問指導事業を受託し各家庭を回る日々で、渡邉さんは、日本とスウェーデンの子育ての違いを感じる中、何が正しいという訳ではなく「子育ては文化」である事を実感した。こどもの育ちを社会で支える方法は、その地域で違うのは当然である。あえて言うなら、スウェーデンは全て未熟なこどもの育ちを、誰がどこでどのように支えるかを社会全体で考えている国。日本はこどもを育てるのが基本は母親で、女性は育て方を知っているのが当たり前、それを社会がお手伝いしましょうというスタンスと感じたと言う。
渡邉さんは、こうした日本の社会状況の中で、自分に出来る事は何かを考えた。「私自身は子育ての知識は沢山あったが、経験値が少なかった。一方、夫は、知識は少なかったが沢山の親戚の中で育ち経験値が高かった。更に、先輩のご近所さんや、保育園ママとの信頼関係の中でのべったりしないゆるいネットワークが、私を母として育ててくれたと気づいた」と言う。そこで、こどもを育てる大人が求めている、知識・経験・ゆるい支え合いが出来る場として、社会教育団体「あかくら」を設立。主な事業内容は交流事業「赤ちゃんとランチ」。そして、子育ては学ぶものであるという認識を広げたいと「「学ぶ子育てプロジェクト」と題した教育事業を展開中である。

地域母子保健での開業保健師の役割
「自分の信念を追求できるので楽しい」と、独立して4年目の渡邉さんは語った。その反面、母子保健という無料が当たり前の市場に、有料サービスとして参入する難しさも感じる事が多く、行政からもママ達からも冷たい目を感じる事が多いとの事。しかし、これからは多様化するニーズには、行政、企業、町会、他機関、そして親と手を組み「こどもの育ちを支える」を事業化する発想の展開が必要と語る。
現在、行政や企業とのネットワークを広げながら、町会やマンション管理組合との協働事業にも関わり始めている。赤ちゃんを物理的に支えるのが「抱っこひも 」だとするなら、赤ちゃんの育ちを社会全体で支える事業モデルを作るべく、親・家族・社会に対して関わっている「あかくら」。母子保健領域での開業保健師の存在意義をどのように社会に提示して行けるかが課題である。

相談の得意分野

地域母子保健

相談費用

60分6000円

現在、満員御礼中
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日曜日, 21 7月 2013

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 「理念」とは大げさな言葉の羅列ではなく、自然発生的なものだ。村田さんのインタビューをすると、そのことに気づかされる。村田さんは自然体で淡々と、新しくも暖かいコンセプトを明かしてくれた。

助けるのではなく、寄り添いたいだけ
村田さんが社名にもして、最も大切にしている考え方は「愛をもって、その人がそこにいること、生かされていることに寄り添う」というものだ。立ち上がりたければ、肩を貸します。しゃがんでいたかったら、一緒にしゃがみます。決して、何かができたから、やったから評価するのではない。マナは旧約聖書に出てくる食べ物、これなくしては人が生きれないもの。「真実の愛」という意味だ、と語る。社名に「する(doing)」ではなく「存在する(being)」という言葉を選んだのも、そのあらわれである。

 体力が落ちたから悪い、というわけではなく、体力がついたから評価するわけでもない。善し悪しを決めようとする行為は、「する(doing)」の観点に立っている。
「寝たきりの高齢者を思い浮かべてください。寝たきりでも生きているだけで、そこにいるだけで意味がありますし、価値があります。」と村田さんは話してくれた。これが彼女の「存在する(being)」という考え方だ。

企業も1つの街、仕事という共通点を持ちながらも、色んな人が色んな悩みを持ち関わり合いながら、生きている場所。
村田陽子さんの考え方は軸がはっきりしているため、ミクロな視点とマクロな視点が密接に関わり合っている。
「企業には元気に働く人もいれば、子育てに悩む人や鬱病の人、介護に悩む人、など多くの方が存在します。これは多くの方が住む1つの街のようです。保健師はお一人お一人が問題を解決できるように関わり、支援します。決して、第三者である保健師が介入して、何かを命じたり、その人の状態や生活を無理に変えることを目指すわけではありません。」
ここでも寄り添う、という考え方が貫かれている。

絆はあるんだけど、誰もそれを絆と呼ばない、それが当たり前の社会だから。
ここでインタビュアーは「村田さんの考える街のイメージは『絆のある』社会のイメージですか?」と聞いてみた。そうすると、意外な答えが返ってきた。「少し違います。絆はあるんだけど、誰もそれを絆とは呼ばない。それが存在することが当たり前で、普通。そんな街のイメージです。」
この答えからもよく分かるように、自ら生きる中で、できない点は助けてもらう、できることは助けてあげる。それが普通に行われている「街」、自立自助が前提となっている。
村田さんが最終的に目指すものは「保健医療の世界から、新しい人づくり、街づくりに貢献する。」というものだ。その理念は「愛をもってその人のあり方に寄り添う」原点から一歩も外れることがない。丁寧に自分の理念を掘り下げていった結果、達成される。

相談の得意分野

時間管理、メンタルケア、高齢者ケア

相談費用

45分1万円

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日曜日, 21 7月 2013

kawazoe

中野区でケアプロ株式会社を運営する保健師、川添高志(かわごえ・たかし)さんの趣味は、国内外への旅行だという。特に温泉を巡りながら花見をするのが好きで、いつかは書画も手がけてみたいと話す。そんな旅行好きの川添さんが予防医療に興味を持ったのも、アメリカで研修していたときの、とある出会いがきっかけだった。

在学中から独立資金1千万円を確保
高校時代にボランティアをしていた老人ホームで、経営状況がサービスに直結している現状を目の当たりにした川添さんは、医療と経営について学ぼうと慶應義塾大学看護医療学部へ進学した。
アメリカの医療機関で研修中、偶然立ち寄ったスーパーで見かけたのは、ワクチン接種が受けられる旨の看板だった。興味を持って近づいてみると、ほかにもさまざまな医療サービスを安価で提供しており、「インストア・ヘルスケア」という独自のマーケットを築いていることが分かった。
「こんな場所でも医療サービスが受けられるなんて…」。いつかは独立したいと考えていた川添さんの、その後の行動は早かった。大学三年生の秋に、ほぼ飛び込みで経営コンサルティング会社の門をたたくと、卒業を挟んだ約2年間で、起業に必要な資金約1千万円を稼いだ。
その後、東京大学病院の糖尿病代謝内科病棟で予防医学を学ぶ一方、「インストア・ヘルスケア」に関するビジネスプランを東京大学医療政策人材養成講座で発表。見事、優秀成果物の「特賞」という栄冠に輝いた。

ワンコインで受けられるヘルスチェック
「重症になってから病院に来たのでは遅すぎる。町の至る所で手軽に行える予防医療の仕組みがあれば、早期の対応が行えるのではないか」。川添さんは、この社会的課題を自ら解決しようと、革新的なアイデアで健康的な社会を築く専門家集団、ケアプロ株式会社を立ち上げた。
最初は、趣旨に賛同してもらえたフィットネスクラブ内で、試験的な「ワンコイン検診」を行ってみた。そのときの手応えを通じて川添さんは、「ビジネスとして収益を上げ継続性を持たせることが、評価につながる」という経営の根本を、改めて実感したという。
500円で受けることができる「ワンコイン検診」、今では、利用者の数はのべ10万人を超えた。これからは、外食産業で提供する、ヘルシーなメニュー作りにもかかわっていきたいそうだ。

継続こそ力なり
川添さんは、独立のコツを、「継続できるかどうかにかかっている」と話す。悩みがあるうちは、それを明確にして不安材料を取り除き、できれば事業計画書を作成してから望むことが好ましいそうだ。
ともすれば忘れがちな「経営」という指標は、保健師が持つ知恵やノウハウを社会に還元し続けていくためにも、常に意識していく必要がある。「経営状況がサービスに直結する」という問いかけは、ケアプロ株式会社の原点であり、法人が信用と評価を受けるための重要な要素といえるだろう。