「人生のしょんぼりを、ワクワクに変えたい」徳永京子さんの場合

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tokunaga-san「踊る保健師」の異名を持つ徳永京子(とくなが・きょうこ)さんは、その名が示すように、創作ダンスが趣味だという。聴覚に障害を持った人に音楽の魅力が伝わればと、手話を交えたオリジナルな踊りや、1人芝居などにも挑戦。現在は、大阪府で個人事業主として、「会社の保健室」を運営している。

事件は現場で起きている!?
もともと医者になりたかったという徳永さんは高校生のとき、入院中にテキパキと働く看護師の姿に感銘を受け、大阪府立大学看護学部へ進学した。そこで初めて保健師という職業があることを知り、「人の生き方に密着したケア」を目指そうと、保健師への道を歩むことにした。
卒業後、大阪府内の保健所で24年間現場に携わっていると、地域の人との間に「家族のような連帯感」が生まれ、一緒に成長し続けてきた実感を得たという。ところが後年、大阪府の方針により、それまで地域分担制だった制度が業務分担制へと変わってしまう。1つの家族に対して、症例ごとに、異なる保健師が対応するようになったのである。
会議などで意見集約をしてみても、個別の報告からは地域の全体像が見いだせず、時には各担当間で話が理解し合えないことすらあった。

帰ってきた「踊る保健師」
「同じ保健師でありながら、お互いの仕事が見えない。このような環境で、果たして地域に必要なサービスが提供できるのだろうか」。
そんな仕事に疑問を感じ出していた徳永さんはストレスからメンタル不調になったという。そして、退官を決意し、派遣社員や非常勤講師をしながら休養期間を取ることにした。そんな中、講師としての技術を確立しようと参加した「セミナー講師デビュープロジェクト」で、「自分の肩書を作る」という課題が与えられた。
そのとき、ダンスが得意だった徳永さんの頭に浮かんだのは、「踊る保健師」の5文字だった。「心の病などで自分の可能性を見失っている人を支えたい。ワクワク感で元気を取り戻したい」。それは、徳永さんにとっても、忘れかけていた本当の自分を再発見した瞬間だった。
3年間という充電期間の後に設立した「会社の保健室」の主な業務内容は、企業の健康管理業務の受託、メンタル不調者へのカウンセリング、そしてセラピストや講師の育成など。自身の体験から、「一休みしたら次に進める場所」という意味が、その社名に込められている。

幽霊の、正体見たり、枯れ尾花
「自分の「弱さ」に直面すると、冷静になれ、対処法もわかってくる。弱い自分を認めた時に、独立することへの可能性が見えた」と話す徳永さん。見えていないものに対しては「未知の恐怖」を感じるが、不安材料が明らかになってしまえば、後はリカバリーをするのみという訳だ。
昨今、SNSなど相手の顔が見えづらいつながりが増え、そのこと自体がコミュニケーションを不安定なものにしているように感じる。ダンスや舞台などを通じて、目に見えるメッセージを届ける「踊る保健師」。その活動は、バーチャルな世の中にリアルな「絆」を紡ぎ出すように、不透明な人生に対しても、夢や希望を見いださせることだろう。