「自分も人も、楽しく笑って過ごせる人生が一番」新田みすづさんの場合

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20101001_605046生まれも育ちも鹿児島県だという新田みすづ(しんでん・みすづ)さんは、茶道など「和」を感じさせるものが好きだという、同県在住の保健師。現在「合同会社みすづ」の代表を務めつつ、笑顔の効用を引き出す「笑いヨガ」の資格取得など、新しいことにもチャレンジしている。

故郷の災害で、行政の力不足を実感
当初看護師を目指していた新田さんは、専門学校卒業後、大阪府内の病院で臨床研修を受けることになった。しかし、同じ病気で入退院を繰り返す患者を見るうち、「症例を治すよりも、その人の生活に関与する方が大切」と、保健師への道を選んだ。
以後約35年間、鹿児島県の職員として保険行政にかかわり、離島などへも配属された。医療機関はもちろん、各種サービスや交通機関も充実していない島内で新田さんは、障害者の子どもが年老いた親を介護するといった状況を、数多く目の当たりにすることになった。
そんな新田さんにとっての転機は、2006年に起きた、鹿児島県内の集中豪雨だ。混乱する現場で被災者が本当に必要としていたことは、必ずしも行政が提供するサービスには含まれていなかった。「私情としては助けたい、その一方で、公務の範囲は限られている。一体保健師とは何なのだろう」。新田さんの自責は夜遅くまで続き、眠れない日々の中、現場の声に応えられない行政の仕事へ限界を感じ始めていた。

県内初の開業保健師として
退官まで残りわずか数年であったが、2008年に「特定健康診査・特定保健指導」が始まろうとしていたこともあり、新田さんは2007年に独立を決意した。災害での経験を生かし、官の仕組みをみすづ流で民間に提供する、「合同会社みすづ」の誕生だ。
当初はメタボ検診の受託などが目的であったが、「介護が必要な人だけでなく、その家族にもケアの手をさしのべられるような業務を目指したい」と、2013年秋には訪問介護施設を立ち上げる予定だ。今後は、社会的弱者へ予防医学の輪を広げるべく、精神障害者の会やうつ病の会などを立ち上げていく計画もあるという。

「人に言う」ことで、自分を追い込む
新田さんによれば、独立のコツは、周りに向かって「口に出して宣言してしまうこと」なのだそうだ。引くに引けない状況に身を置き、動かざるを得ないようになると、課題なども自然と見えてくるのだとか。
一方、会社の経営は、想像していたものよりかなり複雑だったという。会計士を雇ったり、従業員の雇用保険制度を整えたり、公務員時代には思いもよらなかった事務が山積していた。しかし、「やってみれば何とかできてしまう、あまり先を考え過ぎるのも、行動を制限しかねない」とのこと。
生まれ故郷での苦い経験がきっかけとなった「合同会社みすづ」、今は理想の仕事ができるようになって楽しいと、新田さんに笑顔が戻っていた。これからは健康に限らず、すばらしい人生のお手伝いがでればと、その笑顔を広めていく考えだ。